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2025.12.18
誰もが「自分で選んだ人生」を歩けるように、安心して本音を語れる場をつくりたい。[小池 李武(こいけ りむ)]
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外遊びと自由のなかで育んだ好奇心と冒険心
小中高でのサッカー経験が芽生えさせた、心への関心
心理学との出会いが教えてくれたこと
助けたいのに助けられない。その違和感が人生を動かした
「自分らしく生きる人」を探求する挑戦の始まり
やりたいことに正直でいい。ジョージアでの気付きが人生を変えた
「自分らしく働きたい」と願った私が辿り着いた場所
安心して本音を語れる場をつくりたい
エイトシークエンスのコンサルタントは、キャリアプランをじっくりとお聞かせいただき、充実感と納得感のあるキャリアの選択をサポートしています。このシリーズでは、コンサルタントの自己紹介と共に、キャリアの考えやモットーなどをお話します。実際に話してみたいコンサルタントがおりましたら、こちらよりお問い合わせください。
今回のインタビューは、小池 李武(こいけ りむ)です。
外遊びと自由のなかで育んだ好奇心と冒険心
私は福島県で生まれ、6歳上のやんちゃな姉と、2歳上のクラスの人気者の兄、そして両親に囲まれて育ちました。
幼少期は、学区にとらわれず地域の子どもたちと外で遊び回る日々。川で水切りをしたり、ツリーハウスを作ったりと、自然の中でのびのびと過ごす時間が多くありました。母はそんな私の自由を尊重し、外で遊ぶときも帰る時間を守れば制限はなく、「自分がやりたいことを思う存分楽しむ」ことを大切にさせてくれました。こうした環境の中で、私の好奇心や冒険心は自然と育まれていったのだと思います。
また、両親が旅館を経営していたことから、幼い頃から祖母がフロントに立つ姿を見て育ち、旅館の手伝いをすることもしばしばありました。人見知りではあったものの、興味のある場面では自分から声をかけ、来客に喜んでもらえるようにと考えながら動いていた記憶があります。
自身の好奇心に正直に、自由でありながら、人との温かな関わりに触れられる環境で過ごしたこと。その経験が、私の冒険心と、誰かに寄り添う姿勢を育み、今の価値観の根っこになっていると感じています。

小中高でのサッカー経験が芽生えさせた、心への関心
幼い頃から兄の影響でサッカーをはじめ、中学校ではサッカー部に所属しました。1年生の頃は監督が非常に厳しく、練習中は常に見張られているような感覚で、サッカーを“やらされている”という気持ちになったこともありました。しかし2年生になると顧問が変わり、「楽しむことを大前提に」という価値観で指導してくれるようになり、サッカーを純粋に楽しめるようになりました。監督自身も一緒に練習に入り技術を教えてくれ、その時間は私にとって大きな支えとなりました。
やがて先輩の推薦で部長を任されましたが、最初は「楽しめなくなるのでは」と不安もありました。迷いながらも顧問の後押しを受けて引き受け、私は“部長らしい部長”になろうとはせず、副部長に多くを任せつつ、自分は仲間が楽しめる工夫や雰囲気づくりに注力しました。勝ち負けに縛られず、変わったプレーでチームや観客をワクワクさせることが純粋に楽しかったのです。

高校に進むと環境は一転し、競技はより厳しくなりました。入学直後に10番を背負うことになり、「期待に応えなければ」というプレッシャーの中で本来の力を発揮できない日々も続きました。緊張で身体が思うように動かず、ミスが増え、疲れやすさにも悩まされました。
「なぜこんなに緊張するのだろう」——その違和感は、心の状態とパフォーマンスの関係への興味につながっていきました。
勝敗という成果が重視される環境は、自分の価値観と少しずれているように感じる一方で、それでも「面白いことをやりたい」という気持ちを大切に、時には変わったプレーを試し、観ている人が「李武のプレーは見ていてワクワクする」と言ってくれる瞬間に大きな喜びを感じました。勝利だけではなく、人に喜んでもらえることの楽しさに価値を置く自分の心を、少しずつ理解できた時間でもありました。
こうした高校3年間のサッカー経験を通して、私は自分の心や体とパフォーマンスの関係に深く興味を持つようになりました。
「なぜ緊張するのか」「どうすれば自分を良い方向に導けるのか」そんな問いが自然と頭に浮かぶようになったのです。
進路相談で心理学という学問に出会った時、「これだ」と思ったことを覚えています。
人の心や健康、脳の働き、思考のメカニズムに触れることができる——自分の問いに応えてくれる場所だと直感しました。
そして私は、早稲田大学人間科学部へ進むことを選びました。教授陣の専門性や環境に魅力を感じたことはもちろん、何より「自分の興味に向き合える」という感覚が、私の背中を力強く押してくれたのです。
心理学との出会いが教えてくれたこと
受験を経て、無事早稲田大学人間科学部に入学。
上京によって環境も人間関係も一新される中で、「もっと自分を表現していいのかもしれない」と感じるようになりました。それまでは話せなかった家庭環境のことも、自然と友人に打ち明けられるようになり、返ってきたのはただの「そうなんだ」という受容の言葉。深掘りも否定もされず、そのまま受け止められた経験は、自己開示への安心感を与えてくれた大きな転機でした。
学びの面では心理学に没頭し、特にACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)に触れる中で、ネガティブな感情や不安を「思考」として一歩距離を取ること、そして今この瞬間に意識を向ける大切さを学びました。これは高校時代に感じていたプレッシャーの正体を理解し、心とパフォーマンスの関係を探究する上でも深い気づきになりました。
大学生活を通じて私は、自分の心を知ることの力、そして安心して自己を表現できる環境の価値を理解するようになりました。学びと生活が自然に結びつき、自分らしさを息苦しさなく発揮できた時間だったと感じています。

助けたいのに助けられない。その違和感が人生を動かした
大学卒業後、私は水産の商社に入社しました。
当時は周囲が大企業を目指す空気の中で、「自分も大手へ行くべきなのだろう」と思い、本当にやりたいことと向き合いきれないまま、自分の興味関心であった、健康や食、そして海への関わりを活かせる会社を選びました。
入社後は、豊洲市場での魚の卸業務や展示会での営業を経験しました。しかし周囲には水産学を学んできた同僚が多く、魚や生態の話に目を輝かせる姿を見ていると、どこか自分との熱量の差を感じ、胸の奥にモヤモヤが残るようになりました。
また、展示会では、自社の商品を必要としているお客様と出会う一方で、
「その企業はうちの取引対象ではない」と会社の都合で断らざるを得ない場面もありました。
困っている目の前の人を助けたいのに、ビジネスの枠組みがそれを許さない。その違和感は日々大きくなり「もっと個人に寄り添える仕事がしたい」という思いが芽生え始めました。このまま、自分の心の声を無視して、「大企業の仕組みの中で過ごす人生はいやだ」と、自分の価値観に正直になった瞬間でもありました。
最終的に退職を決断できたのは、両親の言葉が大きな後押しになったからです。母からの「やりたいことがあるなら、辞めちゃいなよ」という一言と、父の「今やりたいことがあるのは幸せなことだよ」という言葉に背中を押され、自分の価値観に正直に生きる決意が固まりました。
こうして私は、自分の選択を信じ、個人に寄り添いながら働ける環境を求めて動き始めました。
「自分らしく生きる人」を探求する挑戦の始まり
1社目を退職した後、「自分らしく生きる人を増やしたい」「その挑戦を応援したい」という思いから、私はコーチングに挑戦する道を選びました。
当時、周囲には“みんなが大企業へ行くから自分も行く”という流れでキャリアを選択し、働いていてもどこか輝きを失っている人が多くいました。そこに強い違和感を抱いたことが、私の原動力になりました。
しかし現実には、自分らしく働き、生きている人はほんのわずか。ならば自分からそうした世界に身を置こうと考え、個人で挑戦する人々と出会える環境を求めて、海外のワークショップ「ノマドニア」に参加しました。
そこは、自らの人生を生きようと0から1を生み出していく人たちが集まる場
所で、私は最年少としてそのコミュニティに飛び込みました。


やりたいことに正直でいい。ジョージアでの気付きが人生を変えた
ジョージア🇬🇪で過ごした日々は、私の視野を大きく広げてくれました。参加者たちは皆、自分の「やりたい」に真っ直ぐで、不安を抱えながらも生き生きと働いていたのです。会社員という枠にとらわれず挑戦する姿には後悔も迷いもなく、「世の中にはこんなにも多様な働き方があり、自分の“本当にやりたいこと”を選んでいいのだ」と強く気づかされた瞬間でした。
この経験を通して、私は「周りの目を気にして本当の願いを抑えている人」に寄り添い、その背中を押せる存在になりたいと思うようになりました。自分の価値観に正直に生きる人たちを目の前で見たことが、私の進むべき方向性を鮮明にしてくれたのです。
「自分らしく働きたい」と願った私が辿り着いた場所
ジョージア🇬🇪でコーチングを学び、少しずつ自分のセッションを始めていた頃、「もっと経験を積みたい」「もっと多くの人の人生と向き合いたい」という思いが日に日に強くなっていきました。
周囲の挑戦者たちは、自分の“やりたい”に真っ直ぐで、会社を辞めてでも動き出している人ばかり。そんな姿を見て、会社で得られる経験と、個人で挑戦して得られる経験の質は大きく異なることに気づきました。
「自分の価値観に合う場所で働きたい」「本当にやりたいことに向き合いたい」——その想いでビズリーチに登録したところ、小山さんが偶然にも私のコーチングの活動を見つけて声をかけてくださいました。
人材業界は未知の領域で、私が目指す“個人に寄り添う支援”が実現できるのか確信は持てませんでしたが、エイトシークエンスのHPを読み、社員の方と話す中で、「ここならその想いを形にできる」と直感したのです。
そして入社後、その直感は間違いではありませんでした。
社内では、ストレングスファインダーの公開コーチングやライフラインチャートの共有など、一人ひとりと向き合う文化が根付いています。
毎日の雑談やMTG前の感情共有まで、個人の背景や心に触れる会話が当たり前にある環境です。そこで私ははっきりと確信しました「ここなら、求職者の方にも自分が大切にしたい関わり方ができる」と。
安心して本音を語れる場をつくりたい
私がコンサルタントとして届けたい価値は、企業様にも求職者様にも安心して本音で話せる場をつくることです。
その場があるからこそ、その人らしさが浮かび上がり、社長の想いも候補者の願いも鮮明に見えてくると思います。
仕事はただ耐えるものではなく、人生を豊かにする選択でもある——その価値観を届けたいと考えています。
そしてこれからは、候補者様が「自分で選んだ人生を歩む」ためのサポートを、企業様の想いと方向性に寄り添いながら実現していきたい。
エイトシークエンスでの経験を通して私は、転職を超えた、本質的なキャリア支援を追求し続けたいと思っています。

大学では心理学を専攻し、人の思考や行動の背景を理解する基礎を学ぶ。卒業後は専門商社で法人営業を経験し、多様な人と関わるなかで「自分らしく働くとは何か」という問いに向き合う。自分らしい働き方を模索する人と出会いたい、視野を広げたいという思いから東欧ジョージアに滞在。世界中のノマドワーカーと過ごした時間が大きな転機に。現在は、企業・候補者という枠をこえて、一人ひとりが「らしさ」に気づくことのできる安心できる場づくりと対話を大切にております。
(インタビュー/記事:エイトシークエンス大岩)

